作者が好き勝手やってる文字の掃き溜め
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やっとこさ本編。
分厚い雲に切れ間などなく、
泣きそうだと誰かが形容したその色は
泣くでもなく重く、たちこめたまま、沈黙し続けた。
クラウディ、クライディ
ピリリリリ
初期設定から変えていない携帯電話の着信音が鳴る。
どうせならマナーモードにしておけばよかったと、
それを確認しながらその携帯の所有者である青年、レイズ・クォーツは溜息を吐いた。
睡眠不足―勿論そんなことで倒れる身体ではないが―
が続いたこの数日、漸く手に入れた睡眠時間。
まどろんだところでの覚醒を促す音。
これ以上にきついものは無い。
このレイズという男にメールを寄越す輩は面倒事しか寄越さないからだ。
隻眼になってしまった右目で文面を確認する。
「っのやろ…」
レイズの予想通り送信元は彼の上司、社長とも呼ぶべき女性からで。
それも唯一言、『来い。』とだけ。
だが彼女が来いと言えば行かなければならない。
絶対的な関係が其処にあった。
レイズはもう一度溜息を吐いてからソファベッドから身体を起こし、
コートを羽織る。ルナはもう既に出ているようで静まり返った部屋は薄暗い。
先日誘拐されかかったとはいえ、この街はそこまで無秩序でもない。
スラムのほうにさえ足を運ばなければ大抵は何もないし、
実際そんな目に遭ったのだから危ない場所にはいかないだろう。
そう、漠然と考えてレイズは住処であるアパートの一室を後にした。
後で考えの甘さを思い知らされるとも知らずに。
*
組織
それは単なる名詞でしかないが此処では少し違う。
それは唯一つの会社の名だ。
「強大すぎていつから固有名詞になったチカラ…」
コンクリートのビル群、曇天と同化するようなその陰鬱とした色の中で
はっきりと己の存在を主張する黒。
永遠と伸びているような錯覚を催すそれを見上げながら彼は呟いた。
風貌も声色も青年とも少年ともつかないその男は嘲笑めいた笑みを浮かべ、
その黒へ足を向けた。
*
ルナ・エイジアは物資と金銭が交差する市場の一角にいた。
レイズから貰った小遣いでかったソフトクリームを食べ歩きながら、主に食品を物色していた。
外見からして15、6歳。年頃だとか思春期が似合う時期。
だというのにルナにはそういった恥じらいだとか色気だとか、
果ては普通の人間がもつ喜怒哀楽の表情すら一切なかった。
あるものといえば食い気くらいか。
レイズとはかれこれ一ヶ月近くは一つの屋根の下で寝食を共にしているものの、
そういった危機は未だ訪れていない。(食費の面で金銭的危機は何度も訪れているが)
レイズ・クォーツという男の性分もあるのだろうが、
彼がルナを女として認識していないからというのも原因の一つとしてあるだろう。
ふたりの関係は説明するならとても奇妙で言葉にするならとても簡単だ。
ルナならこう答えるだろう。
“共犯者”だと。
そんな彼女はめぼしいものを一通り見てしまったらしく、
足は家路へ向かう―のかと思いきやそんなことはなく、
路地裏から路地裏へ、明らかに不穏さを湛えた空気の中へルナは入っていく。
腐臭すら漂う陰気な場所。
金やちからを持つ者にはスラムと蔑まれ、まず近寄らない無法者の場所。
底辺のこの街の最下層。
其処は此処では数多く点在する。
その中の一つにルナはいた。
彼女は周りの様子など気にした風もなく歩いている。
しかし、彼女が気にせずとも其処はスラムであり、
彼女は少女でしかない。
黒い影が迫る。
ルナは気づかない。
そして―
*
「あら、早かったわね。」
「お前が来いっつったんだろ!」
組織と呼ばれる会社、
黒で塗り固められたビル、
その、最上階。
その室内には、溢れてこそいないが品良く置かれた家具は手入れが行き届いており、
外の殺伐とした空気を考えると異空間とすら思えるほど。
そんな中で女と青年は対峙していた。
女は見るからに高級そうな椅子に腰掛け、青年は彼女をねめつけている。
女の風貌は一言で言い表すならば美人、だった。
ボブに切りそろえられた赤みがかった茶髪に、見る者を魅了する紫電の瞳。
あかいルージュがひかれた口元には蠱惑的な弧が描かれており、
血管が透けそうなほど白い肌には真紅のドレスがよく映えていた。
だが、それらの形容の言葉も、足を組んだその仕草も、ピアスも、指輪も、
彼女という存在を際立たせる装飾品でしかない、と思わせるほど彼女は美しかった。
彼女はアリア。
この組織の代表取締役である。
「昨日の今日まで仕事仕事仕事三昧させてた癖に何の用だよ。」
そんな美女、しかも上司、というか社長に対しレイズは気兼ねした様子もなく話を促す。
アリアも気にした様子はなく笑みを深くして言葉を紡いだ。
「ねぇ、レイズ、貴方暇でしょ?」
「は?…いや、今の俺の文句聞いてただろ。暇じゃ、」
「でね、今度新人が入るんだけど教育を頼みたいのよ。」
「……は?」
相手の主張を完全に無視した頼み、否命令に固まるしかないレイズを
やはり無視してアリアは話を進める。
「まぁ新人といっても幹部扱いだから貴方より地位上だけどね。」
「は?」
「ほら、入っていいわよ?」
彼の疑問符は捨て置かれたまま、彼女が声を掛けるとゆっくりと扉が開かれる。
レイズの入ってきたのは青年とも少年ともつかないまだ若い男の姿だった。
水色の髪に藍色の瞳。
どことなく子供っぽい雰囲気の男。
だがレイズはその後から入ってきた青年を見て顔をしかめる。
「げ、クルーエル。」
レイズがあからさまに表情を変えた相手、
ライトブラウンの髪とワインレッドの瞳をもつ好青年にしか見えない
クルーエルと呼ばれたその人は笑みを湛えたまま言葉を返す。
「酷いなぁ、赫人さん。
ああ、彼が、君がこれから面倒見る、」
「シアキシア・オリオ・カーマインです!
シアって呼んでください、せんぱい。」
言葉を引き継ぐように男は自分を示す名を告げる。
「先輩言うな。…ってカーマイン?」
「そ、あのカーマイン社の御曹司だよ。」
「そんな奴がなんで、」
「てわけでよろしくねー、赫人さん。」
「無視かよ。
…だから誰がこんな餓鬼、」
「失礼ですねー。俺二十歳っすよ?」
「は?どっからどう見ても餓鬼…」
「というわけでこれからよろしくお願いしますね、せんぱい!」
三人に押し切られ、結局イエスとしかいえないレイズだった。
*
「ここは危ないんで一人で歩かないほうがいいですよー」
彼女は全てが場違いだった。
セミロングの綺麗な黒髪と赤い瞳の美少女然とした風貌も、
間延びした声色も、
それほど深刻そうでない忠告も、
大の男に発砲したという事実も、
発砲したにもかからわず普通すぎる態度も、
全てが其処には不釣合いだった。
「……貴女は、」
地面に臥している男に狙われていた少女、ルナは彼女の声に漸く振り返り、
男と自分より若干年上に見える少女を交互に見やる。
その視線に気づいたのか少女は敬礼のようなポーズをとり、
「あ、僕はナーシャっていいます!」
と自らを明かした。
「…ルナ・エイジア。」
それに応えてルナも名前をいう。
「…ルナちゃん、襲われかかってたんですよ?」
反応の薄いルナにナーシャが心配そうに問えば、
「助けてくれたの?」
と、疑問系で返ってきた。
それにナーシャは苦笑しながら
「たまたま、ですよ。」
とだけ言うのだった。
「迷子だったんですね。
ここの道を真っ直ぐ行けば表に出られますよ。」
「ありがとう。」
最初どちらも口を開かなかったが、あまり喋らないルナが不機嫌だからではなく
そういう性格だからだと分かってからはナーシャも普通に喋り、
それにルナが返すというパターンが成立していた。
そのなかでわかった事実。
ルナの迷子。
ナーシャはまた苦笑しながらルナが知っている、という道まで案内を買って出た。
昼間の曇天が嘘のように晴れた空から橙の日が差し、ふたりの影が伸びる。
「また、あえる?」
「きっと。街は狭いですから。」
歩き出すルナを見送るナーシャ。
やがてルナが見えなくなる、が影法師はやはりふたつで。
ルナではない人影がナーシャの背後に立っていた。
「彼女が?」
明るい青年の声。
「ええ。赫人さんの同居人ですよ。」
一方ナーシャは声色がルナと喋っていたときとは違い暗い声だった。
「どうだった?」
「いいこでしたよ。」
少し、トーンが明るくなる。
「ふぅん。
ま、期待してるよ。―嘘吐き兎さん。」
さして興味がないように相槌だけ打つと、青年の気配は消えていた。
それでもナーシャは最後まで振り返らない。
影法師は一人ぼっちで細長く伸びていた。
あとがき
長くてほんとすいません。
群像劇はほんとむずかしい…
泣きそうだと誰かが形容したその色は
泣くでもなく重く、たちこめたまま、沈黙し続けた。
クラウディ、クライディ
ピリリリリ
初期設定から変えていない携帯電話の着信音が鳴る。
どうせならマナーモードにしておけばよかったと、
それを確認しながらその携帯の所有者である青年、レイズ・クォーツは溜息を吐いた。
睡眠不足―勿論そんなことで倒れる身体ではないが―
が続いたこの数日、漸く手に入れた睡眠時間。
まどろんだところでの覚醒を促す音。
これ以上にきついものは無い。
このレイズという男にメールを寄越す輩は面倒事しか寄越さないからだ。
隻眼になってしまった右目で文面を確認する。
「っのやろ…」
レイズの予想通り送信元は彼の上司、社長とも呼ぶべき女性からで。
それも唯一言、『来い。』とだけ。
だが彼女が来いと言えば行かなければならない。
絶対的な関係が其処にあった。
レイズはもう一度溜息を吐いてからソファベッドから身体を起こし、
コートを羽織る。ルナはもう既に出ているようで静まり返った部屋は薄暗い。
先日誘拐されかかったとはいえ、この街はそこまで無秩序でもない。
スラムのほうにさえ足を運ばなければ大抵は何もないし、
実際そんな目に遭ったのだから危ない場所にはいかないだろう。
そう、漠然と考えてレイズは住処であるアパートの一室を後にした。
後で考えの甘さを思い知らされるとも知らずに。
*
組織
それは単なる名詞でしかないが此処では少し違う。
それは唯一つの会社の名だ。
「強大すぎていつから固有名詞になったチカラ…」
コンクリートのビル群、曇天と同化するようなその陰鬱とした色の中で
はっきりと己の存在を主張する黒。
永遠と伸びているような錯覚を催すそれを見上げながら彼は呟いた。
風貌も声色も青年とも少年ともつかないその男は嘲笑めいた笑みを浮かべ、
その黒へ足を向けた。
*
ルナ・エイジアは物資と金銭が交差する市場の一角にいた。
レイズから貰った小遣いでかったソフトクリームを食べ歩きながら、主に食品を物色していた。
外見からして15、6歳。年頃だとか思春期が似合う時期。
だというのにルナにはそういった恥じらいだとか色気だとか、
果ては普通の人間がもつ喜怒哀楽の表情すら一切なかった。
あるものといえば食い気くらいか。
レイズとはかれこれ一ヶ月近くは一つの屋根の下で寝食を共にしているものの、
そういった危機は未だ訪れていない。(食費の面で金銭的危機は何度も訪れているが)
レイズ・クォーツという男の性分もあるのだろうが、
彼がルナを女として認識していないからというのも原因の一つとしてあるだろう。
ふたりの関係は説明するならとても奇妙で言葉にするならとても簡単だ。
ルナならこう答えるだろう。
“共犯者”だと。
そんな彼女はめぼしいものを一通り見てしまったらしく、
足は家路へ向かう―のかと思いきやそんなことはなく、
路地裏から路地裏へ、明らかに不穏さを湛えた空気の中へルナは入っていく。
腐臭すら漂う陰気な場所。
金やちからを持つ者にはスラムと蔑まれ、まず近寄らない無法者の場所。
底辺のこの街の最下層。
其処は此処では数多く点在する。
その中の一つにルナはいた。
彼女は周りの様子など気にした風もなく歩いている。
しかし、彼女が気にせずとも其処はスラムであり、
彼女は少女でしかない。
黒い影が迫る。
ルナは気づかない。
そして―
*
「あら、早かったわね。」
「お前が来いっつったんだろ!」
組織と呼ばれる会社、
黒で塗り固められたビル、
その、最上階。
その室内には、溢れてこそいないが品良く置かれた家具は手入れが行き届いており、
外の殺伐とした空気を考えると異空間とすら思えるほど。
そんな中で女と青年は対峙していた。
女は見るからに高級そうな椅子に腰掛け、青年は彼女をねめつけている。
女の風貌は一言で言い表すならば美人、だった。
ボブに切りそろえられた赤みがかった茶髪に、見る者を魅了する紫電の瞳。
あかいルージュがひかれた口元には蠱惑的な弧が描かれており、
血管が透けそうなほど白い肌には真紅のドレスがよく映えていた。
だが、それらの形容の言葉も、足を組んだその仕草も、ピアスも、指輪も、
彼女という存在を際立たせる装飾品でしかない、と思わせるほど彼女は美しかった。
彼女はアリア。
この組織の代表取締役である。
「昨日の今日まで仕事仕事仕事三昧させてた癖に何の用だよ。」
そんな美女、しかも上司、というか社長に対しレイズは気兼ねした様子もなく話を促す。
アリアも気にした様子はなく笑みを深くして言葉を紡いだ。
「ねぇ、レイズ、貴方暇でしょ?」
「は?…いや、今の俺の文句聞いてただろ。暇じゃ、」
「でね、今度新人が入るんだけど教育を頼みたいのよ。」
「……は?」
相手の主張を完全に無視した頼み、否命令に固まるしかないレイズを
やはり無視してアリアは話を進める。
「まぁ新人といっても幹部扱いだから貴方より地位上だけどね。」
「は?」
「ほら、入っていいわよ?」
彼の疑問符は捨て置かれたまま、彼女が声を掛けるとゆっくりと扉が開かれる。
レイズの入ってきたのは青年とも少年ともつかないまだ若い男の姿だった。
水色の髪に藍色の瞳。
どことなく子供っぽい雰囲気の男。
だがレイズはその後から入ってきた青年を見て顔をしかめる。
「げ、クルーエル。」
レイズがあからさまに表情を変えた相手、
ライトブラウンの髪とワインレッドの瞳をもつ好青年にしか見えない
クルーエルと呼ばれたその人は笑みを湛えたまま言葉を返す。
「酷いなぁ、赫人さん。
ああ、彼が、君がこれから面倒見る、」
「シアキシア・オリオ・カーマインです!
シアって呼んでください、せんぱい。」
言葉を引き継ぐように男は自分を示す名を告げる。
「先輩言うな。…ってカーマイン?」
「そ、あのカーマイン社の御曹司だよ。」
「そんな奴がなんで、」
「てわけでよろしくねー、赫人さん。」
「無視かよ。
…だから誰がこんな餓鬼、」
「失礼ですねー。俺二十歳っすよ?」
「は?どっからどう見ても餓鬼…」
「というわけでこれからよろしくお願いしますね、せんぱい!」
三人に押し切られ、結局イエスとしかいえないレイズだった。
*
「ここは危ないんで一人で歩かないほうがいいですよー」
彼女は全てが場違いだった。
セミロングの綺麗な黒髪と赤い瞳の美少女然とした風貌も、
間延びした声色も、
それほど深刻そうでない忠告も、
大の男に発砲したという事実も、
発砲したにもかからわず普通すぎる態度も、
全てが其処には不釣合いだった。
「……貴女は、」
地面に臥している男に狙われていた少女、ルナは彼女の声に漸く振り返り、
男と自分より若干年上に見える少女を交互に見やる。
その視線に気づいたのか少女は敬礼のようなポーズをとり、
「あ、僕はナーシャっていいます!」
と自らを明かした。
「…ルナ・エイジア。」
それに応えてルナも名前をいう。
「…ルナちゃん、襲われかかってたんですよ?」
反応の薄いルナにナーシャが心配そうに問えば、
「助けてくれたの?」
と、疑問系で返ってきた。
それにナーシャは苦笑しながら
「たまたま、ですよ。」
とだけ言うのだった。
「迷子だったんですね。
ここの道を真っ直ぐ行けば表に出られますよ。」
「ありがとう。」
最初どちらも口を開かなかったが、あまり喋らないルナが不機嫌だからではなく
そういう性格だからだと分かってからはナーシャも普通に喋り、
それにルナが返すというパターンが成立していた。
そのなかでわかった事実。
ルナの迷子。
ナーシャはまた苦笑しながらルナが知っている、という道まで案内を買って出た。
昼間の曇天が嘘のように晴れた空から橙の日が差し、ふたりの影が伸びる。
「また、あえる?」
「きっと。街は狭いですから。」
歩き出すルナを見送るナーシャ。
やがてルナが見えなくなる、が影法師はやはりふたつで。
ルナではない人影がナーシャの背後に立っていた。
「彼女が?」
明るい青年の声。
「ええ。赫人さんの同居人ですよ。」
一方ナーシャは声色がルナと喋っていたときとは違い暗い声だった。
「どうだった?」
「いいこでしたよ。」
少し、トーンが明るくなる。
「ふぅん。
ま、期待してるよ。―嘘吐き兎さん。」
さして興味がないように相槌だけ打つと、青年の気配は消えていた。
それでもナーシャは最後まで振り返らない。
影法師は一人ぼっちで細長く伸びていた。
あとがき
長くてほんとすいません。
群像劇はほんとむずかしい…
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